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最高裁判所第一小法廷 平成9年(行ツ)97号 判決 1998年7月16日

上告人

共立酒販株式会社

右代表者代表取締役

古市滝之助

右訴訟代理人弁護士

井上励

和田元久

被上告人

東京上野税務署長

友原征夫

右指定代理人

山岡徳光

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

一  上告代理人亀田信男の上告理由中第三章を除くその余の上告理由、同井上励の上告理由、同和田元久の上告理由中第二の八を除くその余の上告理由及び上告人の上告理由中第三章を除くその余の上告理由について

酒税法が酒類販売業につき免許制を採用したのは、納税義務者である酒類製造者に酒類の販売代金を確実に回収させ、最終的な担税者である消費者に対する税負担の円滑な転嫁を実現することを目的として、これを阻害するおそれのある酒類販売業者の酒類の流通過程への参入を抑制し、酒税の適正かつ確実な賦課徴収という重要な公共の利益を図ろうとしたものと解される。このような酒類販売業免許制の採用後、社会経済の状況や税制度の変化に伴い、酒税の国税収入全体に占める割合等が相対的に低下してきているが、本件処分当時(平成四年七月二日)においても、なお酒税の収入総額が多額であって、販売代金に占める酒税比率も高率であること、酒税の賦課徴収に関する仕組み自体がその合理性を失うに至っているとはいえないことなどからすると、酒税の徴収のため酒類販売業免許制を存置させていたことが、立法府の政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので著しく不合理であるとまで断定することはできない(最高裁平成六年(行ツ)第七六号同一〇年三月二六日第一小法廷判決・裁判集民事一八七号登載予定参照)。

また、本件処分の理由とされた酒税法一〇条一一号は、酒税の保全上酒類の需給の均衡を維持する必要があるため免許を与えることが適当でないと認められる場合に酒類販売業の免許を与えないことができる旨定めるところ、その趣旨は、免許の申請者が参入することにより申請に係る小売販売地域における酒類の需給の均衡が破れて供給過剰となった場合には、酒類販売業者の経営の基礎が危うくなり、その結果、酒類製造者による酒類販売代金の回収に困難を来し、酒税の適正かつ確実な徴収に支障を生ずるおそれがあることから、新規の参入を調整することによって、供給過剰となる事態を避けようとしたものと解され、右規定は、前記立法目的を達成するための手段として、合理性を有するものということができる。

そうすると、酒税法九条一項、一〇条一一号の規定が、憲法二二条一項に違反するものということはできない。

以上は、当裁判所大法廷判決(最高裁昭和四三年(行ツ)第一二〇号同五〇年四月三〇日判決・民集二九巻四号五七二頁、最高裁昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日判決・民集三九巻二号二四七頁)の趣旨に徴して明らかである(最高裁昭和六三年(行ツ)第五六号平成四年一二月一五日第三小法廷判決・民集四六巻九号二八二九頁参照)。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、論旨は採用することができない。

二  上告代理人亀田信男の上告理由第三章、同和田元久の上告理由第二の八及び上告人の上告理由第三章について

1  本件事実関係の概要は、次のとおりである。

(一)  本件処分当時の酒類販売業免許制の運用については、酒税法一〇条各号該当性の具体的な判断の基礎となる内部基準として、酒類販売業免許等取扱要領(平成元年六月一〇日付間酒三―二九五「酒類の販売業免許等の取扱について」国税庁長官通達の別冊)及び「一般酒類小売業免許の年度内一般免許枠の確定の基準について」(平成元年六月一〇日付間酒三―二九六国税庁長官通達。以下両通達を合わせて「平成元年取扱要領」という。)が設けられ、これに従った運用が行われていた。

(二)  平成元年取扱要領は、従前適用されていた酒類販売業免許等取扱要領(昭和三八年一月一四日付間酒二―二「酒類の販売業免許等の取扱について」国税庁長官通達の別冊。以下「昭和三八年取扱要領」という。)を全面的に改正したものである。昭和三八年取扱要領は、酒税法一〇条一一号該当性の認定基準として、小売販売地域内の酒類の総販売数量及び総世帯数を基に計算した数値が別に定める小売基準数量又は基準世帯数のいずれかを上回る場合に限り免許を付与し得ることとしながら、そのただし書において、右要件に合致しても免許を与えない場合があることを規定していた。これに対し、平成元年取扱要領は、昭和三八年取扱要領制定以降の社会経済の変化に即応し、制度運営の透明性及び公平性を一層確保することを目的として、次のとおり改正された。すなわち、平成元年取扱要領は、昭和三八年取扱要領における前記ただし書条項を全面的に削除するとともに、酒税法一〇条一一号該当性の認定方法及びその基準として、従前よりも広域の小売販売地域ごとに地域の規模や人口密度による三段階の格付をし、当該小売販売地域の人口を右段階ごとに分かれた基準人口(A地域一五〇〇人、B地域一〇〇〇人、C地域七五〇人)で除して得られる基準人口比率から既に免許のある販売場の数を控除して、新たに免許を付与し得る販売場数の計算値を求め、これをおおむね五年で付与するため五で除するなどして、当該小売販売地域の当該年度内の一般免許枠を確定し、その枠内で免許を付与することを原則とし、右免許枠以上の申請があるときは、抽せんにより審査順位を定めることとした。また、その例外的取扱いとして、(1) 右の基準人口を採用することが適当でないと認められる場合には、国税庁長官に上申の上、二〇パーセントの枠内で基準人口を変更することができ、(2) 新たに住居地域、商業地域等が造成される場合、高層建築物が集積し昼間人口が住民登録人口に比べて特に多い場合など所定の場合であって、小売販売地域内の特定の地区又は場所において特に一般酒類小売業免許を付与する必要があると認めるときは、国税局長に上申して、特例免許指定地区を設けた上、年度内特例免許枠を定めて付与することができ、(3) 右以外の場合で、人口又は事務所の集中する地区又は場所であって年度内特例免許枠を設けて免許を付与することが合理的と判断されるときは、国税庁長官に上申して、右と同様の措置を執るものとした。

(三)  平成元年取扱要領が小売販売地域を三段階に区分し、それぞれの基準人口を前記のとおり定めたのは、当時の各種統計資料に基づく酒類小売業者の経営実態を参酌したものである。すなわち、昭和五二年から同六二年までの間の一般酒類小売業の販売場数は緩やかに増加し、その間の国民一人当たりのアルコール消費量、酒類消費金額の推移も比較的緩やかな伸びにとどまっていたところ、昭和六二年度における新規免許の付与例における一販売場当たりの平均人口は、A地域が一五六七人、B地域が一一二六人、C地域が八七八人であって、同年度における一般酒類小売業者の酒類売上金額を国民一人当たりの平均酒類消費金額で除して得られる人口は、A地域が一五〇六人、B地域が一〇五〇人、C地域が六一二人であり、平成元年取扱要領における基準人口は、ほぼこれらの数値に適合するものであった。

(四)  被上告人は、平成元年取扱要領に定められた認定基準に従って計算した結果、上告人の申請に係る小売販売地域(東京都台東区のうち浅草税務署管轄区域を除く地域)は、A地域であって、基準人口比率が四五であるところ、既に一般酒類小売業免許を付与された場数が一一九であり、年度内一般免許枠が存在しなかったため、上告人の申請した販売場に対して免許を付与した場合には酒類の需給の均衡を破り酒税確保に支障を来すおそれがあると判断して、本件処分をした。

2  以上によれば、平成元年取扱要領は、昭和三八年取扱要領における問題点を是正することを目的として改正されたものであり、実態に合わせて算出された基準人口比率によって酒類の需給の均衡を図ることとしたほか、前記ただし書条項を全面的に削除し、逆に、所定の基準人口に適合しない場合であっても、免許を付与し得る道を開いたものと解され、恣意を排するとともに、柔軟な運用の余地も持たせたものとみることができる。そして、酒類の消費量は、何よりも当該販売地域に居住する人口の大小によって左右されるものと考えられるから、これを基準として需給の均衡を図ることは、世帯数等を基準とするよりも合理的な認定方法ということができる。したがって、平成元年取扱要領における酒税法一〇条一一号該当性の認定基準は、当該申請に係る参入によって当該小売販売地域における酒類の供給が過剰となる事態を生じさせるか否かを客観的かつ公正に認定するものであって、合理性を有しているということができるので、これに適合した処分は原則として適法というべきである。もっとも、酒税法一〇条一一号の規定は、前記のとおり、立法目的を達成するための手段として合理性を認め得るとはいえ、申請者の人的、物的、資金的要素に欠陥があって経営の基礎が薄弱と認められる場合にその参入を排除しようとする同条一〇号の規定と比べれば、手段として間接的なものであることは否定し難いところであるから、酒類販売業の免許制が職業選択の自由に対する重大な制約であることにかんがみると、同条一一号の規定を拡大的に運用することは許されるべきではない。したがって、平成元年取扱要領についても、その原則的規定を機械的に適用さえすれば足りるものではなく、事案に応じて、各種例外的取扱いの採用をも積極的に考慮し、弾力的にこれを運用するよう努めるべきである。

3  これを本件についてみると、上告人の申請に係る小売販売地域が事務所や商店の集中する昼間人口の多い地区であることは公知の事実であるから、例外的取扱いの採否が問題とされるべきであるが、他方、既に基準人口比率四五を著しく上回る数の販売場に免許が付与されていることも考慮すると、平成元年取扱要領に従ってされた本件処分に違法はないとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、違憲をいう点を含め、原審の認定に沿わない事実をまじえ、独自の見解に立って原審の右判断における法令の解釈適用の誤りをいうものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官遠藤光男 裁判官小野幹雄 裁判官井嶋一友 裁判官藤井正雄 裁判官大出峻郎)

上告代理人亀田信男の上告理由<省略>

上告代理人井上励の上告理由

原判決には、次のとおり、第一の点につき、憲法の適用の誤りという違法、または審理不尽の違法があり、第二の点につき、審理不尽または理由不備の違法がある。

第一 酒税法の目的についての認定の誤りまたは審理不尽

一 原判決は、現行の酒税法の採用する酒販免許制度の目的につき、「第四当裁判所の判断」の「一 本件規制の合憲性について」の3において、また、引用の第一審判決部分の「理由」の「第一 本件規制の憲法適合性について」の二において、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的を達成する手段として、酒税の納税義務者とされた酒類製造者に販売代金の回収を確実にさせることによって消費者への酒税負担の円滑な転嫁を実現する目的で、これを阻害するおそれのある酒類販売業者を酒類の流通過程から排除する趣旨である、と認定している。

しかし、現行の酒税法の採用する酒販免許制度の真の目的は、原判決の指摘するようなものではなく、むしろ、既存の酒類販売業者の保護にある、少なくとも既存の酒類販売業者の保護にあると強く推定される。

二 以下、その理由を述べる。

1 原判決は、「第四 当裁判所の判断」の「一 本件規制の合憲性について」の3において、憲法二二条一項によって保護される職業選択の自由、職業活動の自由、営業の自由について合憲性の司法審査に当たっては、「規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的ないよう及び必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまる限り、立法政策上の問題としてこれを尊重すべきであり、一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、職業における職業選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定し得るためには、原則として、重要な公共の利益のために必要かつ合理的な措置であることを要するものというべきである」として、職業の許可制を定める立法の合憲性判定基準について、いわゆる厳格な合理性の基準を採用しながらも、それに続けて、「租税の諸機能を考慮すると、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきであ」るとしたため、結局、「租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のための職業の許可制による規制については、その必要性と合理性についての立法府の判断が、右政策的、技術的な裁量の範囲を逸脱するもので、著しく不合理なものでない限り、これを憲法二二条一項の規定に違反するものということはできないと解するのが相当である。」として、いわゆる明白性の原則を採用する。

2 その結果、いかに許可制のように職業選択の自由そのものを規制する法律であっても、それが租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家財政の目的を有する規制であると認められる以上は、もはや裁判所によって違憲であると判断される余地はほとんどないものといわざるを得ない。

3 それゆえ、裁判所は、職業の許可制を定める当該法律が、はたして租税の適正かつ確実な賦課徴収を図ることを目的とする規制であるといえるのかどうかにつき、たんに当該法律の提案理由等をそのまま認めるのではなく、当該法律の条文全体を厳格に検討したうえで、慎重に判断しなければならないと解する。

このように解さなければ、職業選択の自由そのものを制約する法律につき、立法府が右法律を租税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという目的であると位置づけさえすれば、右目的を達成する手段については著しく不合理であるというきわめて例外的な場合でしか違憲とはいえないことと相俟って、もはや、立法府がどのような内容のものを定めたとしても、裁判所は、ほとんどの場合、右法律を合憲とせざるをえなくなってしまい、裁判所の有する人権救済機能が全くと言ってよいほど失われてしまうことになろう。

なお、当該法律の条文全体を検討することによって右法律の真の目的が何かを判断することは、とくに政策的、技術的な判断を必要としないのであるから、裁判所にも十分可能であり、裁判所に不可能な判断を強いるものではないことも付言する。

4 そこで、前記3の観点から、現行酒税法の採用している酒販免許制度の目的につき検討してみる。

(一) 原判決は、現行酒税法の採用している酒販免許制度の目的につき、「第四 当裁判所の判断」の「一 本件規制の合憲性について」の3の二六行目以降において「酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという国家の財政目的のため」であるとし、また、一審判決部分の「理由」の「第一 本件規制の憲法適合性について」の第二項八行目以降において、「酒税の確実な徴収とその税負担の消費者への円滑な転嫁を確保する必要に基づくもの」であると認定している。

たしかに、酒販免許制度の本来あるべき目的は、原判決の摘示するとおりであるが、現行の酒税法で採用されている酒販免許制度の目的が、あるべき目的と同一であるかについては、前記3の観点から、慎重な検討を経なければならない。

(二) そこで、現行酒販免許制度の目的について、現行酒税法の条文全体から判断すると、以下のように結論付けられる。

(1) すなわち、同法の採用する酒販免許制度の目的が、真に原判決の指摘するものであるならば、同法には、いったん酒販免許が付与された後であっても、酒販免許取得者につき右目的を阻害するような事由、たとえば倒産等経営の基礎が薄弱であると認められる事由が生じたときには、酒販免許を取り消す旨の条項が当然定められていなければならないはずであるが、現行法令の定める酒販免許取消事由は酒税法一四条に定める事項だけであり、倒産等経営の基礎が薄弱であると認められる事由は取消事由にはなっていない。

さらに、酒税法一九条により酒販免許の相続が認められているが、そこでも相続人に倒産等経営の基礎が薄弱であると認められる事由が存在していることが酒販免許相続の条件となっていない。

これらのことは、現行酒税法の定める酒販免許制度の目的は、原判決の認定したようなものであると認めるのはほとんど不可能であり、むしろ既存酒販業者の保護にあるということを強く推測させるものである。

(2) また、酒税法の目的が、真に、原判決の指摘のとおりであるとするならば、同法において、酒税の消費者への円滑な転嫁を直接に阻害するような行為に対しては、何らかの防止策を講じなければならないはずである。

しかし、同法は、酒類製造者が、酒類販売業者に対して、自己が蔵出の段階で支払った酒税の額に相当する金額を酒類の売却代金に上乗せせずに右酒税相当分を全額回収しえない価格で売却しても、右製造者につき何ら不利益処分を課していない。また、同様に、酒販業者が、消費者に対して、酒類製造者から酒税相当分を上乗せした価格で仕入れた酒類を、右酒税相当分を全額回収しえない額で売却しても、右販売業者は、酒税法において何ら不利益な取扱を受けることはないのである。

このことからみても、現行の酒税法の目的が、酒税負担の消費者への円滑な転嫁を実現することにあるというのは、きわめて困難である。

3 以上のように、現行の酒税法の採用する酒販免許制度の目的は、原判決の指摘するようなものではなく、むしろ、既存の酒類販売業者の保護にあると解されるか、少なくとも既存の酒類販売業者の保護にあると強く推定される。

4 ところで、既存業者の保護を目的とした職業選択の自由の規制は、零細業者を保護するといういわゆる積極目的による場合を除いては、憲法上許されないものとされている。

従って、酒販免許制度を定める酒税法一〇条一一号は、違憲の疑いがきわめて濃厚であると言わざるを得ない。

5 それゆえ、合憲性審査基準としていわゆる明白性の原則を適用したとしても憲法二二条一項に違反する疑いのきわめて濃厚な酒税法一〇条一一号につき、原判決が、簡単に合憲と判断したことは、同条同項を含む現行酒税法の目的の認定を誤ったことにより憲法の適用を誤ったもの、あるいは、少なくとも酒税法の目的の認定について審理を十分に尽くしていないものと断じざるを得ない。

第二 立法事実の検討の不十分

一 原判決は、その引用する一審判決部分の「理由」の「第一 本件規制の憲法適合性について」の第五項2末文において、「酒販免許制度が、総体として、酒税の滞納防止に寄与していることもまた否定しえないところというべきであり、(酒販免許制度の採用前と採用後とを比べて、酒税の)滞納率に変化が認められないからといって、直ちに酒販免許制度を維持する必要性及び合理性がないと即断することはできない。」とする。

二 たしかに、少なくとも酒販免許制度採用後の酒税の滞納率については、景気の変動などに余り影響を受けることなく低い率のままで概ね安定して推移しているといえるのであるから、右の酒税の滞納率の低いレベルでの安定が酒販免許制度によってもたらされたものであるということが実証されれば、現在においても酒販免許制度を維持する必要性及び合理性がないとはいえないであろう。

三 しかし、原判決が一審判決部分三一頁七行目以下において自ら認めているとおり、右の酒税の滞納率の低いレベルでの安定については、「酒販免許制度によるものであることを実証する資料は見当らない」のである。それどころか、前記第一の二、4(二)(2)に述べたように、現行酒税法が、酒税負担の消費者への円滑な転嫁を直接に阻害する行為に対する防止策を講じてはいないのである。

四 それにもかかわらず、原判決は、右判示に続けて、何の具体的な立法事実の検討もなく、直ちに「少なくとも法が採用している蔵出課税方式という酒税の賦課徴収の仕組みに負うところが大きいことは否定し難いと考えられる」との結論を導いている。原判決は、この点につき、審理不尽または理由不備であると言わざるを得ない。

上告代理人和田元久の上告理由

平成九年一月三〇日付、平成八年(行コ)一九号処分取消等請求控訴事件に対する原判決(第一審も含めて)は、憲法に反するとともに理由不備、審理不尽の違法がある。

第一、合憲性判断基準の誤り。

一、原判決は(第一審判決理由説示のとおりというのであるから)、酒販免許制度の目的を、積極目的とも消極目的とも断定することなく、

「一般に許可制は、単なる職業活動の内容及び態様に対する規制を超えて、狭義における職業選択の自由そのものに制約を課するもので、職業の自由に対する強力な制限であるから、その合憲性を肯定し得るためには、原則として、重要な公共の利益のための必要かつ合理的な措置であることを要する」(最高裁昭和四三年行ツ一二〇号同五〇年四月三〇日大法廷判決・民集二九巻四号五七二頁参照)。(原判決一二頁五行目?九行目まで・以下原判決を省略する)

としながら合理性の基準によって、合憲性を導き出している。

更に原判決は

「酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという財政目的のために、このような制度を採用したことは、当初は、その必要性と合理性があったというべきであり、酒税の納税義務者とされた酒類製造者のため、酒類の販売代金の回収を確実にさせることによって消費者への負担の円滑な転嫁を実現する目的で、これを阻害するおそれのある酒類販売業者を免許制によって酒類の流通過程から排除することとしたのも、酒税の適正かつ確実な賦課徴収を図るという重要な公共の利益のために取られた合理的な措置ということができる」

(一五頁一行目?八行目まで)としている。

これもまた、合理性の基準によって、合憲性を推定するものである。

そこで、従来の判例の合憲性判定基準を考慮しつつ、合憲性基準を次に検討する。

二、従来、判例は、職業選択の自由の制限に関する合憲性審査基準については、積極目的、消極目的二分論を採用してきた。

すなわち、積極目的の規制については、

「当該法的規制措置がいちじるしく不合理であることが明白である場合に限って」違憲とするべきであり、(最大判・昭和四七年一一月二二日、いわゆる小売市場許可制合憲判決)

消極目的の規制については、それが合憲であるためには

「重要な公共の利益のために必要かつ合理的措置であり、他の、より制限的でない規制では立法目的を達成し得ないことが必要である」

(最大判・昭和五〇年四月三〇日、いわゆる薬事法違憲判決)

とする。

三、もっとも、総ての人権規制立法を積極目的と消極目的に二分することはできない。本来、積極目的と消極目的の区分は相対的なものであり、具体的規制については、消極目的規制か、積極目的規制か、割り切りにくい場面もある。

最大判昭和六二年四月二二日の、いわゆる森林法事件判決が二分論によることなく、厳格な合理性の基準によって違憲判断を導いたのは、かような趣旨によるものと解される。

四、そして積極目的立法か消極目的立法か、割り切りにくい場合には、他の視点も加味して合憲制審査基準を検討する必要が生じる

すなわち、職業を「選択」する自由に対する制限は、「遂行」に対する制限よりも、一般に厳しい制限であるといえるから、より厳格な審査が必要とされる。

また、「選択」する自由に対する制限の中でも、競争制限的規制のように、個々の人の力を越えた観点からする規制は、人の職業適格性に関する制限より、厳しいものといえるから、厳格な審査が要請されるというべきである。

五、酒税法のような「職業選択の自由」の規制は、その立法目的をみると、間接消費税である酒税を、担税者たる消費者への転嫁を円滑なものとし、酒税収入の確保を図るという積極的、政策的意義を持つものであることは否定できないが、他面、酒販免許制度は、福祉国家の理念の下における、経済的弱者のための政策的規制とも、明らかに異なるものであるというべきである。

従って、財政目的の規制は積極目的・消極目的のいずれとも性格を異にする、独自の規制というべきものである。

それ故、合憲性審査基準も、他の視点と加味して検討すべきところ、制約される人権は重大な人権である。

しかも、職業「選択」の自由に対する制限であり、加えて、本件規制は、競争制限的規制に他ならず、その人権侵害の程度は重大であるといわなければならない。

六、以上により、酒販免許制の合憲性審査基準は、合理性の基準ではなく、必要最小限の基準である

「より制限的でない、他に採り得る手段の基準」

によるべきである。

七、さらに、実質的に検討しても、いかなる租税を課するか、すなわち、租税負担割合や、課税要件を、いかに定めるかの点については、立法者に広汎な裁量権を認めるべきであるにしても、租税確保のために、どのような措置を採るかは、具体的に明らかに決定した後の、目的達成のための手段の選択の問題なのであるから、立法府に広い裁量権を認める必要はない。

このような手段の選択の問題については、裁判所も充分に判断できる資料・能力を有しているのであるから、立法府の裁量を尊重する必要は何もないのである。

したがって、かような実質的観点からも、酒販免許制の合憲性を判定するのに、立法府に広い裁量を認める合理性の基準を適用することは不当であり、酒販免許制の合憲性審査基準は、必要最小限の基準である

「より制限的でない他に採り得る手段の基準」

によるべきである。

八、この点、原判決は

「酒税の重要性については、歴史的にみれば、国税の中では相対的に低下しており、昭和一三年当時と比較しても、それが低下していることは否定できないものの、尚、その収入の額をみると、平成四年当時においても、国税の主要な税目であって、依然として、その重要性は失っていないといわざるを得ない」(二一頁三行目?六行目)

というだけで、専ら酒税の保全という本質論を避けて、酒税の重要性のなかに逃げてしまっている。その重要性も年々歳々低下し続け、再度復活する兆候は微塵もないのである。

九、確かに、租税負担、課税要件を定めるについては、憲法も立法府に委ね、広い裁量を与えているものと思われるが、租税確保という単純な保全のために、どのような手段を採るかについてまで、広い裁量を与えているとは考えるべきでない。

同じ租税法の定める人権規制の中でも、立法に広い裁量を与えるべき事項と、そうでない事項が存在し、裁判所はそれを画然と区分けすべきであった。

一〇、この点、原判決は租税法の人権的規制を大雑把に検討して、一律に合理性の基準を適用している点でも、合憲性審査基準を誤っているというべきである。

一一、そして、必要最小限の基準によると、酒税の確実かつ安定的な徴収と租税負担の消費者への適正円滑な転嫁という酒販免許制の目的は、酒販店を届出制にした後の、事後的な資格取消制度のような、より制限的でない他に採り得る手段によって、達成し得るのであるから、ここでも酒販免許制は違憲と云わざるを得ないのである。

第二、酒販免許制の、不必要性と不合理性。

加えて、原判決には立法趣旨と事実の検証が充分なされていないという点で、理由不備、審理不尽の違法がある。

(注、この場合の立法趣旨は原審でも度々主張したように、一種の取引として立法されたという事実を指す)

そして、その一種の取引とは、造石税から蔵出税へ移行するに際し、戦費調達のために増税しようとする政府が、なかなかこれに応じようとしない清酒メーカー(納税義務者)に対する懐柔策として、酒販免許制が採用されたのである。

一、以上の点から、職業選択の自由が、重大な人権であること、酒販免許制度が、「選択」に対する規制であること、しかも、それが競争制限であることを考えれば、その合憲性を審査するに当たっては、立法の必要性と合理性を裏付ける立法事実の詳しい検証が不可欠となる。

二、原判決は酒販免許制度の目的について、昭和一三年の酒税法の改正により、酒販免許制が採用されたことは、「必要性と合理性があった」というのみで、まったくそのような事実を検証していない。

前記のとおり、その動機は酒税の保全から出発したものではなく、とうてい現在に通用する筈もない。

三、しかしながら、酒販免許制度が、酒税の確実、かつ安定的な徴収に役立っているという立法事実は、全く立証も検討もされていない。

即ち、甲第二七号証によれば、酒販免許制度制定の前後において、酒税の滞納率には差異が殆ど生じていないのである。むしろ酒販免許制を採用した後の方が断然滞納率が高くなっている時代があったのである。

その上で、

「規制緩和の観点から酒販免許制度、酒税法一〇条一一号の規定が審議会等において見直しの対象になっていることは控訴人指摘のとおりであるが、右の事実から直ちに同号が憲法二二条一項に違反するとはいい難いものであるから」(四三頁八行目?一一行目)

と、いつの間にか竜頭蛇尾に終わってしまっているのである。

これ等も、矛盾極まる結論という外はない。

酒販免許制度を採用した昭和一三年度以降において、酒税の滞納率に差異が生じていないならば、酒税の保全を目的とした立法事実は存在しない、といえるのではないだろうか。

それでは、当初から立法事実の検証を放棄してしまったとしか、考えられないのである。

四、そもそも、甲二七号証のとおり、酒販免許採用前より採用後の方が、かえって酒税の滞納率が高くなってしまい、昭和二六年には、遂に前代未問の二桁(10.6%)に達してしまったのである。

無論、これは社会情勢とも密接に関係するものであるが、少なくとも、酒販免許制度が酒税の消費者への転嫁を確実なものにし、かつ安定的な酒税の確保に役立っていないことは明らかである。

五、加えて云うなら、酒税の滞納率が低いのは、酒税法が酒造免許制度を採用して、酒造業者自身を手厚く保護して、酒税の滞納を防いでいるからである。およそこの世にメーカーを免許で保護し、その上その流通業者まで免許で保護している業種があるだろうか。ここでも屋上屋を重ねるの愚を犯している。

以上の点から検討してみても、酒税の滞納率の低さは、決して酒販免許制度によるものではないことは明らかである。

六、また、酒類販売業者に免許制を敷かなくとも、一般に、小売商業調整特別措置法により、現に、中小企業間の「過当競争」の防止は図られているし、大店法により、大企業からの中小企業の保護が図られ、さらに、酒類販売業界については、「酒税の保全及び酒類業組合に関する法律」によって、手厚く保護され、規制されているのであるから「販売業者の乱立→経営の悪化」という因果関係は、最早完全に消えたというべく、軽々に認めることはできないのである。

七、現実にも、酒類の販売は「製造業者→卸業者→小売業者」という経路を辿るのであるが、酒造業者が販売する場合においても、実際には自らの責任とリスクで売掛代金の確保については、売掛金回収のための信用調査をした上で販売しているのが通常である。

それ故、現実にはかかる酒造業者の信用調査によって、その負担において販売代金の回収がなされているのである。

決して、酒販免許制度によって、酒類の販売代金の回収がなされている訳ではないのである。

八、原判決においては、かような酒税の確保に関する立法事実の検証を怠り、その上更にその後の運用面でも既に陳述したように、本件も含めて大きな問題が生じることに殊更に目を暝っている。すなわち、

「酒税法一〇条一一号の規定の趣旨を考慮すると、酒類の受給関係が昼間人口一人当たりの飲酒量にも関係していることは、控訴人指摘のとおりであり、そのような事情を考慮して酒類の販売免許を付与できるような制度を一般的に設けることは合理的であり、一つの選択肢であるということができるが、本件処分時において、現行取扱要領が規定する基準と、控訴人指摘の事情を対比しても、現行取扱要領に基づき行われた本件処分が違法であるとまではいい難いから」

(四四頁一〇行目?四五頁四行目まで)

合憲だと、ここでも体よく本筋から逃げてしまったのである。

折角、よりベターな夜間人口だけの、現行のテレトリー制度では矛盾は覆いきれないから、昼間人口つまり飲酒量も加味させたテレトリーの再配分が必要であるという上告人の主張に耳を傾けながら、最後は意味もなく、本件処分が違法とまではいい難いとしてしまうのである。

これらのことを総合的に検討すれば、立法当時の酒販免許制度の立法趣旨から始まって現在まで、その運用面でも重大な過失を犯しているといわなければならない。

そして、それは当然のように現在に通用する道理がない。

このような条件の中での酒販免許制の導入の経緯も決してその例外ではない。いまこそ、司法が戦時中の亡霊でしかない酒販免許制を失効させるのは国家的責務であると思う。

この点においても、原判決は、理由不備、審理不尽の謗りを免れないのである。

九、同様に、酒販免許制度によって、酒税負担の消費者への、適正にして、円滑な転嫁がなされているという事実についても、なんらの立証も検討もなされていないのである。

一〇、酒販免許制度を導入しても、酒類の最低価格が強制されていない以上、消費者への酒税負担の円滑な転嫁は不可能と考えられるが、この点についても原判決はなんら検討することなく

「酒販免許制度は、酒税の賦課徴収に関し、蔵出税を採用し酒造業者に納税義務を課し、酒類の販売業者を介し、販売代金を回収して、酒税の負担を最終的な担税者である消費者に転嫁される仕組みであり、酒税法は、酒税の確実な徴集とその税負担を消費者への円滑な転嫁を確保するために、酒類の販売業者につき免許が必要であるとする酒販免許制を採用しているもの」(三二頁六行目?一一行目)

と決めつけてしまった。これでは何の理由もなく被上告人の主張を棒読みしただけである。

この点に関して酒類業界の実情をみれば、原判決は法律的にも(ダイエーの一〇〇円ビールのように)酒税以下で販売される等の問題が発生して、事実上、確実な転嫁等ができている訳でもなく、(従って滞納も下がらず)事実上、こと転嫁されるべき価格に関する限り、全くの野放し状態なのである。

そこに酒税法の入り込む余地は全然ないというのが実情なのである。

この点からしても原判決は理由不備、審理不尽の謗りを免れるものでは、決してない。

第三、その他

一、以上、酒販免許制度は、立法当時より、立法事実を欠くものであったが、酒税の国税全体に占める割合が、相対的に低下している今日に於いては、なおさら酒税を特別扱いする必要性は減少しているといえる。

いや、減少処かゼロになってしまったというべきである。

それ故、違憲の程度は益々大きくなっているといえよう。

二、とりわけ、酒販免許制事件について、合憲判決が出始めてからは、国税側は、年間の免許増加数を半減させているのである。アルコールの消費量が増加していることを考えると、このような運用自体が違憲なものといわざるを得ない。

従って、かかる違憲な運用の一環としてなされた本件不許可処分もまた、違憲といわざるを得ないのである。

上告人の上告理由<省略>

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